昭和54年04月23日 月次祭



 今朝からの御理解に、「とかく信心は地を肥やせ。地を肥やしてけばひとりでに物が出来る様なもの。」という、皆さんもいつも頂だかれる御理解でございましたが、「地を肥やす」ということは、もちろん「心を肥やす」と言う事でしょうが、「心を肥やす」ということ、いや「ひとりでに物が出来る様なおかげを頂く」ということは、どういうことなのだろうかと、今日はその奥の奥と言う様な感じの、「これだな」と今日は私、頂きながら思わして頂いたんですけれども。
 もう結局、今合楽で言われる「土の信心に極まった」と、いうことなんですけれども、その「土の信心」がね、「ただ辛抱しておる」というかね、ということだけが、何十年続いても「ひとりでに物が出来る様な」ということにはならないと言う事です。只今正義先生が、久留米のご大祭のことを申しておりましたが、明日はもう85年ですか、85年になるんですね、久留米教会が誕生して。
 その記念の御大祭が、ここらバスとあのう小型のバスと二台、それに自家用車なども含めて、30名の者がお参りをするように、お届けがしてございますけれども、恐らくそれ以上になりますでしょう。また、ならなきゃならないと思いますけれども。先生の御信心であるところの、いわゆる「信心辛抱」というのが、久留米教会の芯のように言われております。ところがやはり「信心辛抱、信心辛抱」と言うからね、辛抱はだからしっかり致しますけれども、その「信心辛抱」でなからなければいけないと。
 「信心辛抱」ということは、どういうことかというと、「信心辛抱」ということは、もう心の中には有り難いというもんだけしかない、ね。いうならば、「ただ歯を食いしばって辛抱する」というのでは決してないと言う事。それがね、まぁいうならば「歯を食いしばって辛抱しておる」と言った様なのが多い証拠に「ひとりでにものができるような」というおかげになってこない。久留米の初代の場合なんかは、もうそれこそ「ひとりでに物が出来る様なお徳を受けておられた」と言う事。
 だから、久留米の先生が頂かれた「信心辛抱」とは、私は「どう言う様な辛抱であっただろうか。信心辛抱であっただろうか。」と私共は改めて、ひとつ分からなきゃいけないことだと。ただ今お祭りを仕える前に、御結界につきましたら、午後からの便が、手紙が何通も来とりました。もうあっちこっちの教会からの方のが殆どでしたが、その中に「大和」というか「奈良大和」という、奈良とかヤマトという、あちらの方の先生らしいです。角野、角野という先生からのお手紙がきとります。
 まぁ小さい字でいっぱい、たくさん書いてございますから、あのこう芯になるところだけ、紀久夫先生にちょっと読んでもろうて、お届けだけせんならんから、「どげなこと言うとんなさるのか。ちょっと読んでくれ。」というて、あの読んでもらって、その芯になるところだけを聞かせて頂いたのですけれども。とにかくあのうおかげの泉を拝読をなさっておる方らしいです。そのおかげを頂いておる。その先生が、その書いておられる中に「先だってから、おかげの泉を読ませて頂きます。
 その一節の中に「例え血の涙が出る様な事であっても、それが神愛と思えばお礼が言えれるとぞ」とあるんだそうです。それをね毎朝、毎朝御祈念の時に声を上げて、お読みになるそうです。それが随分長いところですから、そこんところをあのうコピ-をしてですね、そしてだから、恐らく御信者もご一緒にお読みになるのだろうと。「このことを読ませて頂くようになりましたら、一日がすっきりとしたおかげが頂ける。」というところんとこだけつづ(少し)聞いた。
 まだたくさんあるです。ね。素晴らしいですね。もう本当に思いもかけない教会で、思いもかけない。今日は和子先生が、高松和子先生が修行に行っておりました、どっか岡山の方の教会、田舎の教会ですけれども、今日が50年の記念祭。もうお月次祭たんびに、そのお月次祭のそのお祝詞の中にね、「合楽理念を持ってするほかなし」という箇所が必ず出てくるんだそうです。合楽理念が素晴らしいでしょ。本当に実験をしとられて、実証が生まれてくるんです。
 生まれてくるから、合楽に対する、いわゆる傾倒する教会、信者さんが段々増えてきたんです。だから私共がね、これはあちらから逆輸入じゃないけれども、本当に私はそこんところをもう一遍よく聞かせてもらって、家でもコピ-をして「それを皆で一緒に読んだらどうじゃろうか」と思うくらいです。ね。「例え、血の涙が出る様な事であっても、それが一切神愛だと分からせて頂いたら、その血の涙の出る様な事でも、有り難涙に変わってくる」と言うのです。
 これはね本当に神様、一切が神愛とここで言われる、その神様が神愛と信じられ、分からなければ、これは骨抜きの表現であり、言葉になってしまうんです。その一切が神愛であるということを、合楽ではもうあらゆる角度から解くわけです。どう言う様な事であっても。ね。ですからそら叩かれれば痛いですけれども、「痛いけれども有り難い」という、いうならば心が生まれてくる。私はそういう辛抱がね、続けられて初めていうならば「土の信心に極まった」と言う事になるのであり。
 信心辛抱とは、そういう辛抱でなからなければならないね。そういう辛抱でなからなければ、そういう頂き方でなからなければ、本当の意味においての「ひとりでに物が出来る様なおかげ」ということにはならない、「とかく信心は地を肥やせ。地を肥やしておけば、ひとりでに物が出来る様なものじゃ」と、ね。「ひとりでに物が出来る様なおかげ」。「ただ土の信心。
 ただ信心辛抱さえしとけばよい」というのではなくてです、辛抱してます。辛抱もしきれないほどにありますけれども、ね。その辛抱したその後に、「有り難い、いうならばご鍛えを頂いて有り難い。結構な修行をさせてもろうて有り難い。神愛と思えば、血の涙がでるような思いの事柄であっても、有り難涙がこぼれてくる」というところまでね、行かなければ信心辛抱ではない、ということが分かるでしょう。
 今日は、神愛会館建設の起工式が、まぁ私はあんなに華やかにしかもにぎやかに、しかも有り難くできるとは思いませんでした。けれども皆さん各地区から皆集まられた方達が、皆んな正装で見えておられましたのでね、もうこう、なんか花が咲いたような起工式でした。もうあのう終わりましたら、ちょうど座席がこちらの共励殿の方にできておりましたから、もう本当になんというですか、まぁ優雅なね起工式でした。
 神様にお礼を申させて頂いておりましたら、もうとにかくね今日はちょうどお祭りが始まるってすぐ、ちょっと前に椛目の妹の所で、あの「もうそれこそ、こんなことは初めてと、こんな鯉を二匹どっかからか頂いた」と。「はぁそれなら早よう、合楽に持っていけ」と。月例祭たんびにお供えがございますけれども、今日の起工式には、それが無かったんです。それで乾物をおろして、その鯉のお供え二匹の鯉のお供えさせて頂いた。もう、瑞々しいというか生き生きとしたというか、ね。
 皆さんもここでは鯉といえば、川の一番の王でもあると同時に、最高の御神徳と仰しゃるですね、鯉のお知らせは最高の御神徳、ね。はぁもう本当に思いも掛けない働きというか。それから今朝から、ここでお供えが参りますのがね、あの「千徳」という「千の徳」というお酒だけが、こうお水引をかけてずっとお供えがくるんです。だから今日大盛台はださなかったあちらでも。ね。
 けれどもね、せっかく起工式のお祝いというてから、お供え持ってきておられるのですから、私はそれを大盛に盛ってもらって、お供えをさせて頂きました。千徳ばかりでしたね。本当に神様の、いうならば御神徳の現われが、そういうお供え一つの上にもおかげを頂く。「果物だけはないから、買いにいかならん」というて、佐田先生がここにお届けにきました。
 ちょうど来とる時にお参りしとる方が、大きな箱に「もうそれこそ特別な、大変なおかげを頂いた」と言うて。戎崎さんという方の息子さんが、なんかとにかく百人に一人ちいうごたる試験に通ったんです今度。そんで「そげじゃ事だったから、できないじゃろうと思いよったらできた。」というお礼参拝にその、果物を沢山持って来とる所じゃった。だから「果物だけは買わなじゃろう」言う。
 どっこい私「果物じゃなかやか開けてんの」ち言うたら、あの「果物が一杯入っとった」とこう言うんです。ね。置いたものをとるように。今日皆さんに聞いて頂く、いうならば「ひとりでに物ができる」というのは、そういうことじゃないでしょうか。しかもその、「ひとりでに物ができる」というても、もう最高のいうなら「ひとりでに」、いうならば、川の王と言われる鯉であり、または「千徳」という、それこそあの「千の徳」いうお神酒のお供えである。
 今日は、あの御大祭の時に頂いとりました、これもやっぱり「千徳」という、あのおかがみを割って、皆さんにこう、まぁご直会に頂いて頂いたんです。それでやっぱりもう、おかがみを開ける時には、匂いちいうのはなんともかんとん言えん。今日私、綾部さんと二人で話したことでした。あっちもお酒屋さんですからね。はぁもう大祭の時の、もう十四日ぐらいから来とるとに、もう十日も新しい樽の中に入ったら、まぁせいぜいまぁ、五日か六日かというのが一番良いのです。ね。
 それで「これはもう、木香がつきすぎて飲めんごとなってしまわんじゃろか」と心配しておったという。ところがもうその木香の乗り具合が、もうなんとも言えん乗り具合でした。「神様が押さえておって下さってだろう」と言うて、綾部さんと話したことでした。これは、専門的に言うとそうなんです。美味しかったでしょうが今日頂いた方達。まぁ、あんまり美味しかったもんじゃから、頂き過ぎてから、なっとるともおるとです。それは良かばってんか。
 私は今日はもうちょうど、皆を送ったりしよったら、中村さんとこの主人の清さんが、もうていげい酩酊しとるごたる。あぁ好きなんですからね。そして「用心して帰えらないかんばい」ち言うて「どげんじゃった。無事帰ったじゃろうか。」と私、さっきから聞きよると「それがあなた、もう濡れしまって帰ってきとる。川ん中落ちこんてから、もうそれこそもうはぁち落ちてからほんなごて、あのいうか溺れ死なんで良かったの」ちね。それで寒かけんガタガタ震えてから、こたつん中で寝とる。
 そらそげんでしょ、今がいくら温かち言ったちゃ、ザッブンちそのまま入るならですね。だから私どげな「千徳」であろうがどげな有り難い事であろうが、やっぱり過ぎるとばいかん訳です。私はその事も改めて、今日は神様にお礼申させて頂きました。本当に起工式こんな有り難いというのにです、例えば帰りがけあんまり酔っ払って川ん中落ちてこて死にんなさったげなちどん、いうならどう言う事になるだろうと。ね。
 おかげを頂いて、まぁどこの川か知らんけれども、そのおかげを頂いて助かって、まぁこたつの中でガタガタ震えとっても、おかげだけは頂いておるわけ。ね。ですからね、ちょっと間違うたら、そういうお気付けになってくる。これはまぁ清さん自身が、やっぱ今度良か薬になったじゃろうとこう思います。そういういろいろな事を神様にお礼を申させて頂いておりましたらね、たくさんのお膳がでけておるとです。
 あの丁度そこのおへいぎのような四角い、丁度あのお三宝の上だけの様な、それに紙を白紙を敷いて、その上に何かおご馳走が何品かこう乗っておるという。それがずっらぁと、あの台の上に並べてあるところを頂きました。私共が神様に「本当にそういう起工式の運びになった」と言う事をお礼もうさせて頂いておるように、ね。それこそ海川山の種々のものをお供えさせてもろうて、神様にお礼を申しておりますように、神様もまたこの合楽建設と言う事が、合楽の願いが成就するというのではない。
 大坪の願いが成就するということではない。天地金乃神様の願いが成就するということであります、ね。だから神様の願いが成就することの、いうならば第一歩とでも申しましょうか、起工式ができる所まで、業者との様々な問題も解決、そしていよいよ着工という運びになったということをです、神様が私共がお礼を申さして頂くように、皆んな一人一人に、そういう神様がお供えをして「お礼を言うてござるのだ」と私は今日思いましたから、そのことを起工式の後に聞いて頂いたことでした。ね。
 私共もお礼を言うが、神様もまたお礼を言うて下さる。お礼の言い合い。そっから生まれてくる、合楽の世界と言う事をです、私共はいよいよ分からせてもらわなきゃいけません、ね。いよいよもって、合楽の「合楽建設の願い」というものがです、天地の親神様の願いが成就する事ですから、天地の親神様のいうなら、手にも足にもならせて頂こうと言う事に、なってこなければならんのです。不思議です。そういう願いを立てて、おかげを頂きますとね、そりゃ本当に素晴らしい働きが起こってくるんです。
 昨日のその、御理解に「もうまたと頂けない」と言った様な御理解ですから、なかなかそのままをお話することは、もう出来ませんけれども、でけたらどうぞ皆さんもう一遍聞いた下さい。御神眼にちょうど草花の市場にでも出すかのように、このくらいばっかりのね、あのキンセンカがね、こう結んで結う束ねてある荷作りしてある。それがそこにこう寝ておるところを頂いた。こうそこに転がしてあるところ。ね。
 そこで私は「どういうことであろうか」と思わせて頂いたら、御理解にね「キンセンカ 起こして使え 道のため」と頂きました。「キンセンカ」ね、キンセンというのはね、お金ということに通ずるわけです。「キンセンカ 起こして使え 道のため」いうなら、天地金乃神様の願いが成就することのために使うということ。いきなり無茶苦茶「道のため、道のため」ちいうてから、いくらお供えしたっちゃつまらん。「もう絶対に間違いがない」というところに打ち込まにゃいけん。ね。
 いうならば合楽建設はそれだなと。天地の親神様の願いが成就することのために、私共がそれ、いうなら「寝ているお金を起こして使え。」というのです。銀行にいくらか、たくさんこう入っとる様な人もあろう。タンスの中に寝むっとるのはあるかもしれません。そういう眠ったり、横になったりしておるのを「起こして使え道のため」ね。「使こうて減らぬ徳を積みつつ」でしたかね。「徳受けるため」でしたかね。皆さんお徳を受けなきゃいけませんですばい。
 文男先生がいつも言うように、「ここの十一年前の建設の時に、まぁだその時は細々とした商売だったけれども、どうでも百万円のお供えをしたい、これは五年六年かかったとしても、おかげ頂きたい」という発願をした。ところがまぁどうですね、もうここの御造営が二年半も掛かりましたけれども、もうとにかく出来上がる前にお繰り合わせを頂いた。お供えがでけた、嬉しいことであった有り難いことであった、ね。ところがね「以来私は百万円だけには不自由痛しません」と言っとるでしょ。ね。
 だからこれはならその時分に、先生のところに寝た金があったり、横になっとる金があるはずありませんから、神様にいうなら初願です願いを立てたんです。神様の願いが成就いうなら「成就の事の為に私を使うて下さい。」という願いを立てたんです。ね。十一年前にあれだったから、ね。今度の御造営には、こういうまた大きな願いを立てて、それを着々と実行しております。ね。「今度はひとつ一千万円だけには不自由しません。」と言う様なです、ね、もうそれこそ「使うて減らぬ 金百両」である。
 使うても使うても、ね、いうならば限りなく頂けれる御神徳を頂かしてもらう。そんならそれはお供えをしたから、ね、いうなら「そんならいっちょ、五百万ばっかりお供えするか。五百万だけにはもう不自由せん」と言う様な事ではない。その内容が、今日皆さんに聞いて頂いたような内容から、生まれてくるもんでなからなければ、いけないと言う事でございます。秋永文男先生のところには百万円というのは、もうひとりでにすぐごくできておるわけなんです。
 だからその内容がです「ただ土の信心さえしとけばよか。信心辛抱しときさえすればよか」というだけではなくて、その信心辛抱の内容が、ね、または「土の信心に極まった」というその信心の内容がです、ね。ただ一切神愛が分かったというだけではなくて、「成程、血の涙が流れる様な事もあろうけれども、それが神愛だと思うたら、有り難涙がこぼれてくる」というところまで。
 神愛が神愛と分からなければいけないということなんです。ね。そこに日頃の信心精進があるです。「ただ合楽の金光様に一千万お供えするなら、一千万ないつでん不自由せんげな。」というて、どんどんお供えがくるなら、そらぁ貰うとくばってんか、返すお返しがなかもんそげんとじゃ。だからやっぱり、皆さんじゃなからないかんもん。ね。皆さんが日頃、信心を頂いて下さって。
 「合楽理念をもっての、言うならば外はない。」と言う様な信心を内容として、なさっていうならば、止むに止まれんという信心から生まれてくる、信心の造営でなからなければならないと言う事であります。ね。いよいよ明日はその、信心辛抱の、いうなら大家でおわりになる、石橋先生が久留米教会に、久留米にお道を開かれて85年。その流れをくんだ私共。
 だから本当に頂くなら、何を頂くかというと信心、先生の信心辛抱が本当のものになってくる。もうそこには辛抱とする、もう言うことばは使わんでよいぐらいに、有り難い大きな心にならせて頂くということ。ね。明日はいよいよ、石橋先生のその御神徳が、一つの開化をする時である。ひとりでにものができる様子を、目の当りに拝まして頂く時である。ね。どうぞひとつ皆さんお参りをして下さい。もしお参りができんなら、もうせめてお初穂だけでも託けて下さい。
   どうぞ。